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2007/05/31

無実の罪と使途不明金のゆくえ

 松岡氏の死について伊吹文科相が記者に感想を求められた時、文科相は、やっていないと思うことを本人がやっていないと立証することはむつかしい、と語った。例の光熱水費507万円の使途を追及されたことに関連しての感想であった。まるで、その無理な追及が松岡氏の死の一因であったかのように聞こえた。しかしそんなことで自殺するはずはないと誰もが思っている。だから文科相の反応はちょっと変に聞こえた。同種の問題を追及されたことのある彼自身を弁護しているかのように感じられた。
 些細なことかもしれないが、変なことは変だと、どうしても言いたくなる。やっていないことをやったと言われて追及を受けた時、やっていないことをみずから立証するのは確かにむつかしい。学校のクラスの誰かが財布を盗られた際に嫌疑をかけられた生徒の場合がそうである。しかしその場合と使途不明金のゆくえを追及された場合とは、状況は全く違う。光熱水費として計上された507万円は確かに使われていたのだ。無実の罪でも何でもない。使われていたことは事実なのだ。ただ、その使途が不明であると追及されただけである。何に使われたかの説明を求められただけだ。松岡氏が説明を渋ったのは、何に使ったのか調べがつかないのか、それともその使途を公表しにくいのか、そのどちらかである。どちらにしても、光熱水費にではなく使われていたことは事実だ。
 やっていないことを立証することと、やったことの中味を説明することとは、全く別の事柄である。後者のむつかしさを前者のむつかしさであるかのように語るのは、明らかにすりかえだ。非論理的である。いくら咄嗟の反応であるとはいえ、文科相という立場にある人が、こういう筋の通らない発言をし、そしてそのことに気づいていないように見えることに、いささかわびしい思いがする。

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