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2007/04/05

従軍慰安婦に向けての強制連行

 安倍首相は国会などで従軍慰安婦に向けての「狭義の強制連行はなかった」と発言し、内外から非難の声が上がった。そのせいか、彼は「狭義の強制連行」という言葉を以後口にしなくなり、その発言についての釈明も一切行うことなく、強制連行を認めた河野談話の継承には変わりはない、という一点だけを、オウムのように繰り返すに至っている。しかし彼が事務局長を務めた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」での彼の発言を読めば(『歴史教科書への疑問 - 若手国会議員による歴史教科書問題の総括』平成9年)、「狭義の強制連行はなかった」というのが彼の本音であることは明らかだ。しかしこの人間としての本音を首相として口に出したのはまずかったと思い、以後この言葉を封印したのである。彼はこの程度のことは口にしても問題はなかろうと思っていたのだろう。だがそれほど国際社会(この人たちのお気に入りの言葉)の世論は甘くはなかったのだ。以後この言葉を使わなくなったが、それでも時すでにおそく、ワシントン・ポスト紙でダブル・トークと非難された。日本語で言えば二枚舌である。首相ともなれば二枚舌を使わざるをえないのが世界の現状なのだ。

 上掲の本の中で出てくる議員たちの発言(衛藤晟一、小林興起、下村博文、中山成彬、森田健作、吉田六左エ門などなど)を読むと、よくもまあこんなノーテンキな人たちが勢ぞろいしたものだと感心してしまう。だが感心してばかりはいられない。これらの人々の中にはかつての閣僚や今の閣僚、その他首相の身近にいる人がうようよしているからだ。ちょっと恐ろしい気もする。

 いろいろの発言があるが、それらの共通項を求めるなら、それは次の通りである。言及の必要のない従軍慰安婦の問題(それに言及するのは犯罪的と言う人もいる)が歴史教科書に入っているのは、河野談話があるせいだ。つまり、河野談話が諸悪の根源なのである。
 狭義の強制連行(官憲などが民家に踏み込んで婦女を連行する、といった)は収集された文書で確認されたわけではないのに、それが行われたことがあったかのように語る河野談話は、韓国の元慰安婦16人からの聞き取りだけにもとづいている。ところが、これらの人々の証言のウラは取れていない。だから信用できる証言であるとは言えない。したがって河野談話には実証性がない。それなのにこれを根拠として従軍慰安婦問題を教科書で扱うのは重大問題である。まあ、ざっとこんなふうに、河野談話が教科書との関連において批判されている。なおここでひとこと断っておくと、河野談話においては、官憲などが民家に踏み込んで婦女を連行した、などという具体的な事実を語っている個所はない。そこでは「軍の要請を受けた業者によって、甘言、強圧など本人の意志に反して集められた事例が数多くあり、官憲等が直接加担したこともあった」と語られているにとどまる。ところで首相の言う「狭義の強制」の中に「甘言、強圧など本人の意志に反して集められた事例」が入るのか、入らないのか、定かではない。

 さて「若手議員」たちはこれらの強制があったことを認めたのだろうか。確たる証拠がないから認めない、というのが彼らの立場であるらしい。しかし強制連行をできる限り認めたくないという構えがある以上、どんな証拠が出てきても、それは特殊例にすぎないと一蹴されたり、あるいは戦時下で慰安婦が不足していたから、多少の無理をして調達したことがあっても、一般的ではなかったとされたりするだろう。問題は彼らの構えそのものの中にあるのだ。それは南京大虐殺があったということを示す資料はないという主張(江渡聡徳、上掲書、p.220)に似ている。こう主張する人々はすぐに何万人虐殺されたか証拠を出せといきり立つのである。

 「若手議員」の中では、強制連行を認めたがらないにしても、軍のために設置された慰安所の存在そのものは認めている意見が普通であるようだ。そしてこの制度を承認する理由として次の2つが挙げられている。
 第一。戦争中、軍に慰安婦が随行する事実は世界じゅうどこでも見られる。どうして日本の従軍慰安婦制度だけが特に問題にされなければならないのか(衛藤晟一幹事長、上掲書、p.438)。おまけとも言える発言もあった。日本の場合だけ教科書に載せるのは不公平で、他の国々も同じことをやっていると並記すべきだ、と。ところでこの人たちは「やっている」と主張するほうに挙証責任があると言っているのだから、そう言うならこの人たち自身がいろいろの外国の慰安婦制度を調べ上げたらどうか。それは大変だろう。そんな専門家はいるだろうか。ちなみに、「若手」の勉強会に講師の一人として呼ばれている吉見義明教授によれば、慰安施設を中央の公認で作っていたのは、現在まで分かっているところでは、ナチス・ドイツと日本軍だけである。
 第二の正当化の理由はこうだ。「兵隊も命をかけるわけですから、明日死んでしまうというのに何も楽しみがなくて死ねとは言えないわけですから、楽しみもある代わりに死んでくれ、と言っているわけでしょう。そういうところにどこの国だって連れていく」(小林興起、上掲書、p.436)。この発言を受けて講師の河野洋平元内閣官房長官は次のように答えている。「戦争は男がやっているんだから、女はせめてこのぐらいのことで奉仕するのは当たり前ではないか、と。まあ、そうおっしゃってもいないと思いますが、もしそういう気持ちがあるとすれば、それは、今、国際社会の中で全く通用しない議論というふうに私は思います」(上掲書、p.437)。河野氏の反論はもっともだ。それに比べて今どきこういうことを言っている小林氏は、拙者にはとてもノーテンキに思える。女性が戦争に協力するとしても、何も慰安婦の募集に応じることはないだろう。それに外国や植民地(朝鮮半島など)の女性が慰安婦として協力する義務は全くないのだ。こんなことを口に出す人は小林氏くらいのものだが、この勉強会はこうした発言が浮いているとは思えない雰囲気のもとで進行しているのである。

 こういう雰囲気の中でリーダー役を務めた安倍氏が、今や首相となって「新しい国づくり」を提唱しているのだ。この雰囲気は新しいどころか、時代おくれである。そこには国際感覚の欠如がある。勉強会に参加している人々は「憂国の士」という気分で発言しているが、その憂国ぶりはとても国際社会に通用するていのものではない。独りよがりの井戸の中の蛙といった感がする。
 こういう人たちが政権の中枢にあってその本音を外交政策に反映させることになるなら、日本は必ず国際社会の中で孤立するだろう。一部の人々の憂国の思いが日本を破滅に導いたことがあったのは、そんなに昔のことではない。戦後レジームを否定しようとする憂国の士たちが、過去の轍を踏まないよう、国民は監視しなければならない。

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コメント

安倍内閣の危険性がよくわかりました

投稿: 落合 | 2007/04/22 03:38

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