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2006/09/28

気になるNOVAのCM

 男の人が倒れてもがきながら何か叫んでいる。通りがかった少女がその声を聞き、「ご免なさい」と泣き出しながらNOVAの建物に入ってゆく。男の人がしゃべっているのが外国語で、それが分からないのを恥じた少女がNOVAに駆け込む、といったストーリーである。従来のNOVAのCMではアニメのウサギの動作や声に愛嬌があって楽しめたが、今回のは気になるストーリーが展開されている。拙者はその中の少女の行動に全く共感できなかった。
 第一に、この男の人は外国語をしゃべっているようだが、その動作を見ただけでも救助を求めていることは誰にでも分かる。彼女もそのことは分かっている。だとしたら、まず彼の訴えに応えようとするのが自然ではないか。自分では応えられないと思ったら、彼の代わりに周囲に助けを求めたり、119番に電話したりするのが自然だろう。もし彼女が臆病な人でかかり合いになるのを恐れたとしたら、心を残しながらその場から立ち去るだけだろう。いずれにしてもNOVAに駆け込んだりはしないだろう。
 第二に、日本において外国語が分からないことに涙が出るほど恥ずかしがるのは変だ。その点にも拙者は共感できなかった。日本人は英語圏の人々にコンプレックスがあるから、この少女の行動は別に変ではない、と言う人もいるかもしれない。だとしたら、拙者が違和感をもつのはこのコンプレックスに対してなのだ。

 以上がこのCMに共感できなかった理由である。NOVAに足を運ばせるようなストーリーを作っているだけなので、そんなにムキになる必要はない、とたしなめる人もいるだろう。いちおうはその通りだが、だとしてもわざわざこんな不自然なストーリーを作らなくてもよかろう。そこからさらにさかのぼって、この不自然なストーリーをそれほど不自然とは思わせない現実が、今の社会には存在しているのだ、という考えにいたってしまう。
 困っている人を見て、ともかく何とかしてあげようと近づく自然な行為が、以前よりも少なくなっているのが、今日の現実ではなかろうか。それだけではなく、その救助から逃げるために、外国語が分からないから、などといった口実を設けることが以前よりも多くなってはいないだろうか。だとすれば、このストーリーはそういう現実をある程度反映していると言えそうである。

 小泉内閣による構造改革は所得格差を広げ、社会的弱者の層を厚くしてきた。社会的弱者を貧困率で示すと、それは若者(18-25歳)、母子世帯、高齢単身者において異常に高まってきている。そのほか、全人口の中で占める割合は少数だが、障害者・障害児童に対し、自立支援と称して、救助のための予算は減額の一途を辿っている。安倍内閣もまたこの構造改革を継承し、促進すると宣言しているので、格差と弱者いじめとは進行する一方となるだろう。再チャレンジがうたわれてはいるが、どれだけ効果を発揮するかは疑わしい。貧困率の増大の根源は、所得再分配の方式や大企業優遇政策にあるのだ。新内閣はこの政策や方式を再考する気配を全く示していない。この国民生活の実態の改善よりも、憲法改正や教育基本法改正を優先させると言っている。生活よりも観念が重要なのだ。この内閣はいわばイデオロギー内閣である。この内閣は国の経済力、軍事力の強化をめざしている。国際の競争に打ち勝つためだ。そのためにお上の言うことには何であれ従順に従う愛国心の培養をもめざす。結構なことだ、と言う人もいるかもしれない。これらの強化は結局は国民を豊かにするからだ、と。だが実際にはそうはならないのだ。国が豊かになってもその分け前は弱者には薄いこともありうるからである。事実、アメリカは経済力、軍事力を誇っているが、いわゆる先進国の中での貧困率は最も高い。次の順位にあるのが日本である。

 小泉内閣は新しい貧困層の増大に目をつぶってきた。安倍内閣もこの逃避傾向を受け継ごうとしている。NOVAのCMの少女みたいだ。そしてその逃避を正当化するために憲法改正や教育基本法改正といった観念を持ち出すのである。そして日本の場合は、少女の外国語コンプレックスのようにアメリカ・コンプレックスが付きまとっているのだ。
 しかし以上の類比にはやや無理がある。というのは、例の少女は倒れている人に対して疑いもなく同情心をいだいているが、小泉、安倍といった新自由主義者たちは、弱者に対してほとんど同情心をもたないかのように見えるからだ。落ちこぼれは新自由主義者にとって、本人の怠惰のせいであるか、あるいは不可避のコストであるかのようだ。実際にはこの落ちこぼれの大部分は為政者が設定した再分配方式や大企業優遇政策のせいであるにもかかわらず、である。

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2006/09/16

自大史観と事大主義

 危険人物が次期総理になろうとしている。安倍晋三のことだ。この人物は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」という長ったらしい名称の会のリーダーであった。この会はいわゆる自虐史観を批判する連中の集まりである。自虐史観とは日本が侵略戦争を行なってきたと見る史観とされている。これを批判するとは、日本の戦争は自衛のためであり、ある局面ではアジアの植民地や半独立国を西欧の支配から解放するためでもあったと主張することである。しかし少なくとも中国に攻め込んだ戦争は、どう見ても侵略戦争であったとしか言えない。そして南京虐殺の被害者の数は確定し難いとしても、中国各地での民衆に対する日本の軍隊の数々の蛮行は明白な事実である。およそ戦争とはそういうものだとか、昔から強国が弱国を侵略してきたのにどうして日本の戦争だけが咎められなければならないのか、といった言い訳は通用しない。何が犯罪であるかを決める基準は歴史的に変化する。1930年代には19世紀の帝国主義の時代や中世・古代において通用していた戦争観はもはや通用しなくなっていたのだ。それは悪にかかわる人間の感受性が変化してきたためである。この感受性の変化に倫理の基準が対応していることを認めないなら、今でも人身売買や奴隷制は当然のこととして通用するだろう。人権や悪にかかわる感受性は変化してきたのだ。だがそうだからといって、この感受性が変化する限りそれにもとづく倫理など存在しない、ということにはならない。感受性は変化するが、感受性そのものが無くなったことは一度もなく、ずっと存在し続けているからである。
 自虐史観を批判する人たちには、明言はしないが、強国の弱国への侵略は昔から当然のこととして行なわれてきたのに、1930年代の日本による中国への侵略だけがどうして咎められなければならないのか、といった憤懣が底流としてあるようだ。だがその憤懣は正当化されえない。それは間違っている。だからこの憤懣を底流としてもつ自虐史観の批判者たちは、みずからの悪や人権にかかわる感受性のいちじるしい退化と、他者の被害に対する恐るべき鈍感さとに全く気づいていない、と言われても仕方がない。彼らは日本は侵略と咎められるような戦争はしたことはなかった、ちっとも悪くなかった、日本はこれでよかったのだ、この調子で進め進め、と言わんばかりである。こうした史観を何と呼んだらよいのだろうか。うぬぼれ史観と言う人もいる。それでもよいが、自虐史観という言葉に対比させるなら自大史観と言ってもよかろう。自大とはあまり使われない言葉だが、『広辞苑』を引くと「自ら尊大に構えること」とある。

 安倍自民党総裁候補はどう見ても自大史観の持ち主であるにもかかわらず、「歴史認識は歴史家に任せるべきものではないか」などと言ってごまかしている。「自ら尊大に構える」人としては不似合いな臆病さだ。また日中国交正常化時に中国側は「日本の戦争指導者と一般国民とを区別する」ことで、国民に国交正常化を納得してもらったといういきさつがあった。その点を指摘した谷垣候補に対して安倍候補は、それは中国の階級史観によるものだとか、そのことは文書に書かれていないから考慮しないとか、訳の分からない反論を行なっている。安倍のような自大史観の持ち主が総理になった時、中韓との関係はギクシャクし続けるだろう。中韓だけではなく、靖国にも参拝しそうな(実績あり)この人は他のアジア諸国民にも異様に見えるだろう。アメリカ国民の中でも首をかしげる人がもっとふえてくるに違いない。自大史観は国際的には通用しないことを、この史観の持ち主は気がつかないのである。それが自大史観なるものの本質なのだが。

 安倍候補の圧倒的な優勢を見て、津島派、丹羽・古賀派、伊吹派、高村派などの派閥やグループはなだれを打って安倍支持を表明し出した。これを事大主義と言う。事大主義とは「自主性を欠き、勢力の強大な者につき従って自分の存立を維持するやりかた」(『広辞苑』)である。かつては各派閥はみずからのエゴイズムを主張し合うことにより、相殺機能を発揮して結果としては穏健な政府をもたらした。小泉首相のおかげで今や派閥は骨抜きにされ、かつての消極的な相殺機能さえも失いつつある。派閥は猟官をめざして、自分たちを骨抜きにした小泉の後継者にすり寄っている。

 小泉首相はその自大史観(ヴェールで蔽われてはいるが)で中韓両国の顰蹙を買った。その尻馬に乗って中韓両国の国民感情を傷つけた麻生外相の「功績」も忘れ難い。一方小泉首相は竹中平蔵と組んでグローバリズムを大幅に導入し、貧富の格差を増大する弱者切り捨て政策を強行した。ちまたには障害者、老人、地方などを含む弱者の怨嗟の声がゆきわたっている。自大史観と弱者切り捨てとは明らかに共通性をもつ。どちらも他者の被害への想像力の欠如を物語っているからだ。小泉の「業績」を継ごうとする安倍は弱者の怨嗟などの負の遺産をも引き継ぐことになるだろう。国際的には危険人物というイメージを背負ってゆくことになるだろう。この未来の首相には小泉の残したツケであまり明るくない運命が待ち受けているに違いない。この人物をかつぐ派閥の事大主義者どもは、自民党そのものが衰退してゆくリスクに気づいてはいないようだ。 

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2006/09/01

回想の夏

 今年の関西の夏は格別暑かった。まだ暑い。いささか旧聞に属するが、7月1日、小泉首相がブッシュ大統領夫妻とエルヴィス・プレスリーの元妻や娘たちの面前で、筋張った腕を前に突き出したりしながらラブミーテンダーを唄っている姿をテレビで見た。首相が大統領におねだりしてプレスリーの旧宅を訪れた際の一場面である。拙者は首相の身振りや歌声が恥ずかしくてたまらなかった。拙者は国粋主義(昔の言葉だが)からほど遠い人間だが、それでもほとんど国辱と言ってよいようなものを感じた。幾人かの人からも恥ずかしくてたまらなかった、という感想を聞いた。モンキー顔のブッシュはニヤニヤ笑っていた。お愛想笑いのように見えたが、いささかの当惑も含まれているように思えた。言葉に窮するがほとんどグロテスクとも言える首相のあの身振りと歌声とは、マスコミのビデオアルバムにながらく保存されることだろう。

          ※  ※  ※

 61年前の8月15日、戦争の終結が知らされた日の翌日か翌々日、拙者が所属していた班のメンバーである朝鮮国籍の2人の下士官が突然姿を消した。兵営から脱走したのである。日本人の脱走者はいなかった。拙者は乙種幹部候補生のこの2人の手際のよさに感心した。拙者は夕食後の暇な時間に2人のうちの1人の寝場所に赴いて、いろいろ語り合った。話題は政治的、軍事的なものではなく、音楽などに関するものだった。新兵の拙者は軍隊に入る前にしていたような会話の相手を、班内で他に見つけることができなかった。ある古参の上等兵は拙者に朝鮮人にはあまりしゃべらないようにと注意した。彼は拙者が周囲から浮いてしまわないために注意しているのだと言った。世間知らずの拙者としては相手が朝鮮人であることを格別意識していたわけではなく、人間として話しやすかっただけのことであった。
 もう一人の下士官とは話し合ったことはなかった。彼のことを忘れ難いのは、演習中に拙者に示した思いやりのためである。拙者は機関銃中隊に属していたので、この銃器の分解搬送はふつうの歩兵中隊の兵が経験しない負担であった。行進中「分解搬送!」の号令がかかると、4人でかついでいた銃器を銃身と脚部の2つに分解し、それぞれを2人がかついで走らなければならない。しばらく走ると、あとの2人と交替する。銃身も脚部もとても重く、やせてひょろ長い拙者の肩にのめり込む。それをかついでよろよろしながら走っていると、列の外で伴走していたその下士官が「かわろう」と言って拙者の肩の荷をひょいと自分の肩に載せて走り出した。演習中にこんなことをする下士官は日本人の中には誰もいなかった。もしいたら彼は上官に叱責されたことだろう。下士官のその行為が黙認されたのは、彼が例外者と見なされていたからだろう。それにしても彼は、よろよろの新兵である弱者を即座に助ける勇気をもっていたのだ。拙者は朝鮮人の思いやりの深さを思った。終戦が決まった日からすぐに脱走した朝鮮人の2人の下士官の決断と行動力に拙者は脱帽したい気分であった。

          ※  ※  ※

 8月15日の首相の靖国参拝のあと、テレビのインタビューに答えている一青年の画像が映った。「まっとうなことをしてくれたと思います」。その表情は拙者には暗く陰気に見えた。ある新聞社の日中韓の青年を対象とする比較面接調査によれば(『朝日新聞』大阪版、2006年8月24日)、いずれの国でも若者のナショナリズムが目立つ。日本では、靖国神社に集う若い世代は、戦後教育や平和人権教育、そして中国と韓国に強い反感を抱いていた。若者の一部ではあろうが、60~70年代の若者の反国家主義は排外的なナショナリズムへと転換してきている。彼らは平和人権教育が活力を失って(その原因の一部は自民党政府の反日教組対策にある)紋切型に陥り偽善性を帯びてきた一面に、過剰に反応しているようである。この過剰な反応が実感を求めてナショナリズムへ傾斜したのだ。しかしこの実感もまた、やはり表層的なものに過ぎないように拙者には思えるのである。

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