金英男氏の記者会見に思う
金英男氏の記者会見をテレビで見て、暗い気分になった。あれから2、3日たったが、まだその気分が残っている。この気分は何からくるのかを考えてみた。それは彼が真実を語っていないことからきているように、拙者には思えた。真実とは事実に感情の裏打ちが伴ったものである。
英男氏はまず拉致の事実そのものを否定した。その事実を否定するよう北朝鮮当局から指導されていたためであろう。そしてこの指導に反する発言をすれば北朝鮮での彼の生活がおびやかされるためでもあるだろう。彼は拉致されたのではなく、漂流中に救出されたと語った。現在韓国に居住している北朝鮮の元工作員の証言により、英男氏が拉致されたことはほぼ間違いない。しかし拉致を認めない北朝鮮当局は英男氏を通して黒を白だと言い張るのである。拉致の事実を認めない以上、英男氏の説明に真実味が失われるのは当然だろう。救出されたという虚構の話に話者の感情が伴うはずはなかった。
横田めぐみさんについては、鬱病から統合失調症となって入院したと、彼は淡々として語った。鬱病から統合失調症になることもあるのだろうか。それはともかくとして、その病気を幼児期の交通事故のせいにした。早紀江さんによれば、交通事故はなかったし、階段から落ちたことはあったが、後遺症は全くなかった。めぐみさんが経験したことのない交通事故を英男氏に語るはずはなく、したがってそれが原因で彼女が大人になった時に頭痛持ちになったという英男氏の語るシナリオは、空々しい嘘としか聞こえなかった。ここでもまためぐみさんが拉致されたという重要な事実が、このシナリオによって隠蔽されているようだ。仮に彼女が鬱病になったとしたら、それは拉致によって肉親から引き離され、異郷で囚われの身になったという事実に深く根ざしていると思われる。交通事故に遭ったというシナリオは北朝鮮当局によって作成され、英男氏に語らせたものであることは、ほぼ間違いなかろう。拉致され異郷で囚われの身となった日本人女性と暮らしていたという事実をはっきり認めたうえでの発言でないために、英男氏のシナリオの朗読には、真実味がほとんど感じられなかった。それは空々しく響くだけだった。
真実を語らない発言は聞く者の心を暗くさせる。そして真実を語らせない権力の暗さに思いを及ばせる。拉致およびその結果を隠蔽しようとする権力がこの空々しい会見を生み出したのだ。英男氏もまた拉致という犯罪に巻き込まれた犠牲者の一人だが、彼は真実から離れて保身に生きる能力(?)をもっていた。そうでない被害者たちは現在どうなっているのだろうか。
強制連行も従軍慰安婦も国家犯罪だ。それらを棚上げして北朝鮮による拉致だけを責めるのは不公平である。しかし拉致もまた国家犯罪であることは確かだ。この犯罪の陰鬱な効果が今も時々露出している。金英男氏の記者会見が与える暗い印象は、その一端が露出したためだと思う。
金英男氏の会見なのに、彼の左右に母と姉がすわらされていた。こんな会見は見たことがない。ばかげた演出だった。会見やその前後の家族再会の場面を見て、横田夫妻はとても辛かっただろう。この再会劇は拉致被害者めぐみさんの悲劇性をますます高めることに貢献した。
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投稿: toshiki | 2006/07/05 15:33