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2006/04/21

殺人か傷害致死か

 光市の母子殺人事件を審理する最高裁で、弁護士が一度欠席したあと、今度は出てきて、この事件は殺人ではなく傷害致死だと、訴因をひっくり返す立場を主張した。たいした理由もなしに欠席し、審議を引き延ばしたあとの結論がこれである。この弁護士の言う通りなら、完璧な殺人はごくまれにしか起こらないだろう。たとえば最後にとどめを刺す、といった場合である。相手が死ぬ確率が非常に高いことを知りながら首を絞める行為が殺人でないとすれば、殺人罪はよほどの場合でない限り適用できない。ふつう私たちは傷害致死というと、たとえば被告が人を殴って、その人が病院に送られたあと、しばらくして死んだ、といった場合を念頭に浮かべる。この種の場合と今回の場合との距離は大き過ぎる。今回の場合、かりに傷害致死だとしても、それは限りなく殺人に近い。殺人と認定されても、誤差はほとんどゼロである。とりわけ、動かなくなった母を求めて泣く赤ん坊を黙らせるため、首に紐を蝶々結びに巻いたと言っているそうだが、泣き声が聞こえないようにするためだけなら、押し入れかなんかに入れておけば済むことではないか。首を絞めたのは死ぬ確率が極めて高いことを知りつつやったとしか思えない。
 弁護士は被告に会って彼に殺意がなかったことを知り、彼の言う通りに母親の首の絞め方はこうだったと図示して見せたが、どうしてそれを立証できるのか。こんないい加減なことを聞き出すために法廷を欠席して時間かせぎをしたのだ。これを大発見であるかのようにしゃべっているこの弁護士の賢ぶっている表情を見ていると、この人は誠実から程遠い人物のように思える。審議をおくらせるための策戦を練ってきたとしか思えない。聞けばこの人は死刑反対論者だそうだ。それは結構なことだが、こうしたやり口と冷たそうな表情を見せつけられると、死刑制度に反対である人も、反対の気持ちに水をさされてしまうだろう。そしてそれと同時に自分の所業を棚に上げて、助かりたい一心でこの弁護士に頼っている被告に対しても嫌悪の情が増すばかりだろう。これが逆効果というものだ。

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2006/04/11

41歳男、小学生を投げ落とす

 41歳の無職の男が川崎市のマンションの15階から小学生の男の子を投げ落とした。その後数日たって同じ場所から60歳代の女性清掃員を投げ落とそうとしたが、抵抗され未遂に終わった。彼は昨年11月から4ヵ月間入院していた。うつ病であったらしい。しかしうつ病が殺人と結びつくことはまずありえない。それが結びつきやすいのは自殺である。事実、彼は自殺を考えてこの15階にきたことがあったという。
 では自殺の代わりにこの男は小学生を殺したのだろうか。かつて或る研究者は自殺と他殺が逆相関するという統計的事実を見いだした。破壊のエネルギーは自殺に向かうこともあるし他殺に向かうこともある。このエネルギーが自己に向けられればそれだけ他殺は少なくなり、そしてその逆も言える、というわけである。たしかに限られた地域と限られた期間をとってみると、そういう逆相関が見いだされることもあるだろう。しかし広い地域と長い期間にわたり、その相関があったということを証明した人は誰もいない。事実、戦争中はどこの国でも自殺率と他殺率とが共に減少するというのが、一般的な傾向であるようだ。もちろん個々のケースを取り上げてみれば、自分を殺す代わりに他人を殺した、という場合もあるかもしれない。しかしなぜそうなったかを理解することはむつかしい。破壊のエネルギーは一定しており、自己へ向かわなかったなら他者へ向かうという仮説は、どうも空想めいており、一般理論としては説得性に乏しい。では自殺を考えたことがあるらしいこの男はどうして何の罪もない未知の男の子を殺したのだろうか。
 多くの人たちと同様拙者もまたこの男の犯行の動機がよく理解できない。ただ、次のような動機解釈も可能ではなかろうか、と思っている。彼はカーテン販売の会社を辞める頃から失意の状態にあった。彼はリストラにあったと言っているが、会社のほうでは欠勤が多くなり、自発的に退職したと言っている。この会社に入る前は不動産会社に勤めていたが、不向きなことが分かって辞めたそうだ。彼は理容学校を卒業しており、理容師をやりたかったらしい。欠勤が多くなったのは父親の病気の看護と娘の交通事故のせいだと言っているそうだ。この長女(高校生)は再婚した妻の連れ子であって、大変かわいがっていたという。2度目の結婚で彼は3人の未成年の子をもつことになった。会社を辞めたあとどうして生計を立ててゆくのか、見通しはまだ立っていなかったようだ。彼は失意の状態にあった。うつ病のせいもあって無力感に取り憑かれていたようである。自分のことを人生の失敗者であると思っていたのではなかろうか。無力感に陥った者は、自分にもまだ力があることを験したくなりはしないだろうか。この実験は他者の生死を左右する支配力を自認するためであると同時に、その他者から生命力をかすめ取るためでもある。無力感に押しひしがれている自己が窮余の一策としてこうした実験を試みる可能性がありはしないだろうか。拙者にはそれはありうることだと思える。そしてその場合実験の対象となるのは、もちろん本人より体力の弱い子供や女性なのだ。しかしこうした可能性があるとしても、それを実現する人はほとんどまれであろう。ではなぜこの男がそれを実現したのか。それは依然として謎のままである。拙者には一つの可能性を述べることしかできない。(この男を含めて自分を人生の失敗者だと思っている人は沢山いる。こういう人たちを負け組と称して見下す風潮を拙者は好まない。)
 もう一つ、もっと特殊的な可能性も頭に浮かんできた。この男が小学生を投げ落としたのは、自分でできなかったことを犠牲者に代行させたためではなかろうか。この男は墜落の恐怖を、そしてひょっとしたら感じることができたかもしれない死の直前の恍惚を、犠牲者を通して経験したかったのではなかろうか。この男は墜落の魅惑に取り憑かれていたかもしれないのだ。だから彼は墜死以外の仕方で人を殺そうとはしなかっただろう。たとえば地上の道端で小学生や女性清掃員に出会っても、彼はおそらく何の関心もなく通り過ぎたことだろう。彼にとっては特定の殺し方が問題だったのだ。彼はこの15階から飛び降り損ねた。その未遂の行為を他者を通して実現しようとしたのだろう。墜落の魅惑に取り憑かれたことが、彼の殺人や殺人未遂の動機となった可能性がある。そう考えれば彼の突飛な行動は全く理解の彼方にあるとは思えなくなる。
 この動機と先に述べた動機とは矛盾しない。両方が重なってこの男は非情な犯行へと導かれたのではなかろうか。

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2006/04/01

中里介山『大菩薩峠』について

 最近『大菩薩峠』をテーマにした博士論文を面白く読んだ。哲学専攻の若い研究者がある大学の文学研究科に提出したものである。もちろん拙者はこの論文の審査には全く関与していない。ふつう哲学関係の博士論文のテーマは西洋の高名な哲学者(たとえばカント)の作品に限られる傾向があるので、『大菩薩峠』論を受け付けたこの大学の文学研究科は広い度量と柔軟性を示していると言えよう。

 中里介山は1885年4月4日に生まれ、1944年4月4日に発熱、同月28日に腸チフスで没した。『大菩薩峠』は1913年から1941年に至るまで書き続けられた。その間中断された時期もある。全41巻だが完結には至っていない。この世界一長い小説を読み通すだけでも大変である。拙者は何十年か前に読み始めたが、途中で挫折してしまった。それより先、戦前に見た映画でこの小説の存在を知った。稲垣浩監督、大河内傳次郎主演の作品である。主人公の机龍之助は甲源一刀流の達人、大菩薩峠で老巡礼を斬り捨てたあと、御嶽神社の奉納試合で宇津木文之丞と立ち合う。その前に試合に手加減を求めにきた彼のいいなずけお濱(入江たか子)を犯す。試合で文之丞を「音無しの構え」で打ち果たしたあと、お濱と共に江戸へ出奔する。お濱とのあいだに一子をもうけるが、夫婦の関係は安定せず、龍之助はお濱を切って捨て、浪士組に加わって上洛する。はっきりはしていないが、映画化されたのはこの部分までであったように記憶している。大河内傳次郎は背丈があまり高くない俳優であったが、その演技にとても迫力があったため大柄に見えた。
 この小説は幕末の歴史的事件を背景として取り入れながら、沢山の人物を次々と登場させて延々と続いてゆく。短いスペースの中でそのストーリーをたどることはとてもできない。色々の人物が出てくるが、拙者にとっての最大の興味は主人公の机龍之助にある。作者の中里介山にとってもそうであったのだろう。『大菩薩峠』ほどではないが白井喬二の大長編『富士に立つ影』では主人公は時代の推移に伴って入れ替わってゆくからである。『大菩薩峠』では主人公は最後まで机龍之助だ。
 しかし連載紙が『都新聞』から『東京日々』『大阪毎日』に変わった(この間3年3ヵ月の中断がある)時点以降、龍之助は変貌を遂げる。彼はもはやほとんど剣をふるうことなく、夢想の中を漂うかのように無為に過ごす。こうした変貌をどう解釈するか、またこうした変貌を描いたこの作品が成功作と言えるかどうか、これらの点に関して人々の意見は分かれているようだ。
 この小説は虚無あるいは空虚に落ち込んでいる主人公を描いている点で、「現代思想」ふうである。冒頭の老巡礼殺しが象徴しているように、彼の殺人にはなんら動機らしいものはない。利益のためでも、防衛のためでも、名誉のためでもなく、ただ殺したいためだけに殺すのである。殺人は世界の中の穴に落ち込んでいる人間が、自分の力を自由に表出しているだけのことのように見える。変貌以後、彼はすっかり非活動の状態の中に沈潜してしまう。しかしそれは空虚から脱出したためではない。ただ自由に行使できるはずの力を自由に放棄してしまっただけなのだ。この空虚はまさにそれゆえに周囲の人々をその中に引き込む。つまり空虚は渦のように作用するのだ。変貌以後、沢山の副主人公たちが登場し、彼の周りを巡り始めるのはそのためである。

 介山生没月の4月に入ったこともあり、上記の博士論文に刺激されて、『大菩薩峠』の新しさを確認する次第となった。

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