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2005/12/11

1941年12月8日の宣戦布告

 この晴天の日、拙者はラジオで大本営発表を聞いた。「帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリスと戦闘状態に入れり」。その後、真珠湾での戦果が伝えられた。当時19歳後半の拙者は、この声を聞いた時、「とうとうくるはずのものがきた」と思い、「この戦争は負ける」とも思った。日米の軍事力についてほとんど何も知らない無知な学生の拙者が「負ける」と思ったのは格別の根拠があってのことではない。ハリウッドの映画、たとえばサンフランシスコの大地震をセットで撮ったクラーク・ゲーブル主演の映画を見て、巨大な製作費を想像した。これに比べて、暗い電燈のもと、ちゃぶ台を囲んで一家が黙々と食事をしている日本映画によく出てくるシーンは、何と安く上がっていることか。だからといって、拙者はアメリカ映画のほうが日本映画よりも芸術としてすぐれている、などと思っていたわけではない。ただ、金のかかり方に格段の差があると思っていただけである。映画でもこうである以上、軍事力にも格段の差があるに違いない。負けるに決まっている戦争をおっぱじめた軍の首脳は気でも狂っているのではないか、拙者は暗澹とした気持ちになった。
 しかしまた、ある種の解放感もあった。中国との戦争は弱い者いじめという気がして重苦しかった。一方、アメリカは日本を圧迫し続けてきた強者であったから、アメリカへの宣戦布告は日中戦争のうしろめたさを忘れさせる働きがあった。あとで知ったことだが、開戦を知って解放感を味わった知識人も少なくなかった。たとえば高村光太郎もそうであった。この種の解放感は、あとになって拙者が整理した言葉だが、真の敵へと方向づけられることになったという一種の真理体験を伴っていた。中国への日本の侵略はそこに権益をもつアメリカなどに脅威を与え、日本に対する経済的な包囲網が形成された。だから日本の膨張政策を阻む真の敵は主としてアメリカであると思われてきた。そこで12月8日は真理の覚醒の日となったのだ。
 しかしそれはあるレベルでの真理にすぎなかった。もっと高次の真理がある。その観点に立てば12月8日の解放感は虚偽意識にすぎなかったのだ。いささか唐突だが、小泉首相の靖国参拝の強行は、余計な配慮にとらわれない直球勝負をいどむという一種の真理体験を伴っているのではないか、との疑いが起こってくる。そうでなければ、国益を無視したあの頑固な態度が説明しにくいような気もするのだが。首相が虚偽意識にはまり込むと、迷惑するのは本人ではなく我々国民である。

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コメント

 ふざけたHPで失礼申し上げます。『若者たちの変貌』等の著書のある社会学者です。先生の『深層社会の点描』のなかの、「羨望は競争を刺激し、社会を文明化する」というフレーズによって、社会学に導かれた者です。僭越ながらトラックバックをさせていただきました。私の昨年相次いで亡くなった両親は、先生とほぼ同年齢の人間です。12月8日の話はそれこそ耳にタコができるぐらい聞かされて育ちました。両親からもっと聞いておけばよかったと思う話が山のようにあります。どうかこれからも末長く「激高」を続けられ、怠惰な後続の世代を叱咤くださいますようお願い申し上げます。

投稿: 加齢御飯 | 2005/12/15 21:46

訂正 「ふざけたHP」→「ふざけたHN」

投稿: 加齢御飯 | 2005/12/15 21:48

 昭和16年当時、大学一年生(でしょうか)においても、高村光太郎のような真理覚醒体験があったとのこと、興味深く拝読しました。当時の知識人層が、大日本帝国の経済力 < アメリカ合衆国の経済力、という事実判断を広く共有していたとしても、ご指摘の真理覚醒体験によってそれが打ち消されてしまった、といえそうです。「近代の超克」座談会も、一種の真理覚醒によるカタルシスなのでしょう。ただ、一方で、大日本帝国の政軍の指導者たちの脳中にあったものも、真理覚醒とカタルシスなのでしょうか。だとすれば、大日本帝国は恐るべき近代主権国家だった、ことになります。その一方で、私は、当時の指導者連に(主観的には)成算が意外にもあったのではないか、と思います。権力者が前者ならクレイジーですし、後者なら、頭が悪かったわけで、いずれにせよ、権力者(=政治家)失格ですが。すると、小泉首相以下、松岡(じゃなかった)麻生外相、安倍官房長官は、どちらでしょうか。クレイジーかつ悪い頭、っていうのが私の明年最初の悪夢です。

投稿: renqing | 2005/12/31 06:33

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